紅茶の零しどころ

オタクが気まぐれで書いてる

やがて君になる 第37話「灯す」がヤバすぎて感想と考察を書いた

※本エントリーはやがて君になる原作最新話のネタバレを多分に含みます。未読の方はブラウザバックと電撃大王の購読を推奨します。

 

 

 

 

 

 

 

 

電撃大王2019年2月号にて掲載された やがて君になる 第37話「灯す」。

二年生の燈子・沙弥香は修学旅行で京都観光へと赴く。

侑とすれ違ったままの燈子、踏み出す決意をする沙弥香。

それぞれの想いの辿り着く場所は。

 

 

佐伯沙弥香の在り方に胸を締め付けられる日々が続いている自分も今回の内容については所感を書かざるを得ない、というか文字に起こすなりして感情のプールを発散しないと壊れてしまいそうなので文字に起こすことにしました。

 

与太話:修学旅行の観光ルート

描写された順に挙げていくと

八坂通(背景に法観寺八坂の塔) → 松原通(お土産屋街) → 五条大橋 → 高台寺(拝観) → 甘春堂 東店(和菓子作り体験) → 清水寺 清水の舞台 → 地主神社 恋占いの石 → JR京都駅(背景に京都タワー) → 京都駅屋上展望台(告白した場所)

となります。

「行くぞー京都!」「おー!」の次のコマの拝観に訪れていると見られる寺院は描写されている通路的にも観光ルート的にも高台寺だと思うのですが確証はありません。

追記:

高台寺ではなく建仁寺かも?描写されている通路は建仁寺本坊の潮音庭の回廊が正解かもしれません。

 

おおまかなルートとしては、五条大橋を渡ってから鴨川沿いに八坂神社方向へ行き、八坂通へ入って法観寺を見た後に産寧坂を登って松原通に合流して清水寺を目指した感じでしょう。

更に詳細に観光した場所を辿ると、松原通でお土産を物色した後、そのまま清水寺の方へは登らずに一度来た道を引き返して二寧坂を通って高台寺へ向かい、庭園拝観の後に和菓子作り、そして最後に本命の清水寺......という順になります。

が、和菓子作り体験ができる甘春堂 東店と高台寺はそれぞれ清水寺から見て南北反対側に位置しているので、実際にこの順で回ると行ったり来たり繰り返すことになりますが目的は観光なのでそこはご愛嬌。

最後の宿は流石にわからないけど町家の宿っぽいところで修学旅行の団体を受け入れられる場所とかあるのかな。

 

閑話休題

本題:佐伯沙弥香にとっての灯り

 いつの日か燈子が変わるのをただ隣でずっと待ち続けてきた沙弥香はついにその想いのすべてを伝えることを決意。

 37話はそんな沙弥香の心の動きと共にお話全体が沙弥香の視点で描かれていきます。

いざ想いを伝えると決めた途端、緊張で強張ってしまったり燈子の一挙一動にどぎまぎしてしまったりする沙弥香が愛おしく、ページをめくる度に涙腺が刺激されてしまう。

 

恋占いの石

二人になれる機会を伺いながらも中々その一歩が踏み出せずに進んでいく京都観光。

その中で沙弥香が地主神社恋占いの石に挑戦するシーン。

「神頼みは柄じゃない」と自分で思いながらも「もし辿り着けたならそれが踏み出す勇気に変わるかもしれない」という淡い願いを抱いてしまう沙弥香の姿に、その一歩がどれほど怖く恐ろしい一歩なのか考えるだけでもう胸が痛い。

この恋占いの石はまさしく、沙弥香が燈子に出会う過程をなぞる暗喩になっています。

中学時代、柚木先輩のために存在する自分を作り上げた矢先に当の先輩に別れを告げられたことで自分を見失ってしまい、ずっと無為に暗闇の中を歩いているような痛みを抱えていた中、七海燈子に出会い「これでいいんだ」と自分の恋に納得するへと至った佐伯沙弥香のこれまでの歩み。それは暗闇の中で距離も掴めず見えない目的地(恋占いの石)へと向かう前後左右もない歩みが、他でもない燈子の存在によって達成されたことにそのまま対応しているのです。

その加え付けに、恋占いの石に辿り着いた先で燈子の笑顔と沙弥香の頬が赤く染まりそうな顔の向かい合う構図は小説『佐伯沙弥香について』ラストの二人の初対面のシーンの挿絵と全く同じ構図を取っています。

このやり取りによって佐伯沙弥香は "七海燈子という灯りが佐伯沙弥香の闇を照らす" という、佐伯沙弥香の原点に立ち返るわけです。

 

しかし、それだけで終わらないのがやがて君になる

沙弥香はその燈子の笑顔にまだ距離があることに、初めて燈子に会った日から気付いてた。燈子の踏み込めない領域に一層惹かれた沙弥香でしたが、遂にその深層へ踏み出します。

 

佐伯沙弥香は踏み込む

修学旅行は進行し、燈子と京都駅構内を歩く沙弥香が遂に動き出すシーン。

燈子を呼び止めようとする沙弥香の情動、「手のひらが熱い」「心臓がうずく」。

この二つの情動表現は『佐伯沙弥香について』から引用されています。受け止めることの出来なかった女の子の身体の熱、心臓に入ったヒビ、先輩とのキスに覚えた胸の高鳴り、心が潰れればいいと思った失恋。かつての沙弥香の体験が、燈子を前にした今の沙弥香を構成する。

佐伯沙弥香の全てが駆け抜けるように脳をよぎって一コマ一コマに卒倒しそう。

 

「それでも」「だからこそ」、かすれる声を振り絞り、震える足を走らせて、燈子の手を掴む沙弥香。燈子の手を取った瞬間に頬を赤く染めながらも覚悟を決めた表情も、照れた顔を隠すように俯きながら燈子の手を引く姿も、その決意に涙が出るほどに愛おしい。

そしてこのシーンをもって本作中で初めて、遂に沙弥香が燈子の前を歩く

現状維持に徹することで燈子の隣にいることを選び続けて来た沙弥香にとってこの一歩がどれほど大きく、勇気のいる一歩だったか。

沙弥香が燈子の前を行くという行為そのものが、沙弥香が燈子の内側へと踏み込むことのメタファーとなっているのです。

「屋上の広場に行ってみたくて」と照れ隠すように説明する姿にも悶えてしまう。

 

しかし、ここからの七海燈子もまた七海燈子。

何かを察したかのような表情をした燈子は、次のページでは自分の手を引いていたはずの沙弥香を追い越してまた沙弥香の先を歩いて行ってしまいます。初めて前を行こうとする沙弥香から再び先を行くことを奪う燈子から、既に展望台での行動はここで決まっていたのでしょう。

そして展望台から夜景を眺める燈子を見て「綺麗」と思う沙弥香に、それを制するように「私は沙弥香の思うような人間じゃない」と拒絶する。燈子は沙弥香から一連の主導権を奪い取り、「好き」を恐れる故に言葉にすら出させまいとそれを阻止しにかかります。だから七海燈子は怖い。

本当にこの女は許せねえ。

 しかし七海燈子は一つの、最も大きな誤りに気が付いていなかった。

 

「私を見くびらないで」

燈子に近寄った沙弥香が手を伸ばしたのは、11話で燈子が自分の後ろに隠した"完璧じゃない七海燈子"でした。

「沙弥香は踏み込まない、沙弥香が求めるのは完璧な自分だけ」と思い込んでいた燈子に対して、沙弥香は完璧な燈子と完璧じゃない燈子の両方の手を取って「ぜんぶが好き」と思いの丈を打ち明けます。

 今までも、11話にしろ、21話「導火」で沙弥香が踏み込んで姉の話を切り出した時にしろ、燈子は沙弥香のことをどこか見くびっていた側面があった。だからこそ決意の表情からの「私を見くびらないで」がもたらすカタルシスはとてつもない。(よくやった佐伯沙弥香、本当によくやった)

これこそが沙弥香と燈子が変わるための、沙弥香が燈子へと踏み込むための最大のカウンター。

今でこそ考えれば、初めて沙弥香が燈子に踏み込んだ21話のサブタイトルである「導火」はこの37話のサブタイトル「灯す」を導く言葉でもあったのかもしれません。

 

想いを伝えたところでまなみどに呼ばれて現実に戻ってくる二人。

階段を駆け下りる足取りに反響するように心にこだまする「言った 言った 言った」、あまりにも可愛いがすぎる。

このシーン、想いを伝え切った沙弥香は燈子より先に展望台から降りて行きます。

佐伯沙弥香の一世一代の告白は、再び沙弥香が燈子の先を行く形で締められるのです。

 

宿で布団に入った沙弥香が「自分の心臓の高鳴りは燈子には聞こえていて欲しい」と珍しくわがままを見せる姿にまた、遂に踏み込んだんだというカタルシスを反芻してしまいます。

佐伯沙弥香、本当に最高の女なんですよ...。

佐伯沙弥香と小糸侑の対比、そして七海燈子

沙弥香と侑、それぞれの燈子への告白は明らかに対比的に描かれているように思われます。

読者70億人の心をズタボロにした34話「零れる」、侑は「好きです」と告白する時に両手で顔を覆います。

この侑の情動について以下のインタビュー記事で仲谷先生から次のように言及されています。

仲谷:「ここで終わりではない」という感じを出したかったので。顔を見て、目を合わせて「好きです」と言ってしまうと、言うべきことを出し切った感じになります。まだ出し切れていない、通じ切れていないという雰囲気を出すために、顔を覆うことにしました。

仲谷:「押さえなきゃいけない」とわかっているのに、こぼれてしまったんですね。これまでも、表に出さないだけで侑は思いをずっと溜めていました。中学時代の友人から「侑は器が大きい」と言われますが、その器にずっと「好き」という気持ちを溜めていたんです。でも、さすがにもうキャパシティが限界でこぼれてしまった……というイメージ。

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 侑はまだ燈子に対して、胸に抱いている全てを出し切れていない。それが顔を覆い、目を合わせないという形で表現されています。

 

対して、37話の沙弥香の告白は。

沙弥香は燈子の顔を見て、目を合わせて「燈子のぜんぶが好き」と告げます。沙弥香は告白として燈子に言うべきことをここで全て出し切ったのです。

 

そして想いを告げた沙弥香は「返事、聞かせてね」と伝え、燈子の先を行って展望台を離れます。

全てを出し切ることのできた沙弥香は燈子からの答えを急ぎません。全てを出し切っていない侑は燈子の呼び止める声にも振り向かずに逃げ出してしまいます。

また、侑は階段を駆け上がって燈子から見て地から空へ登っていったのに対して、沙弥香は階段を駆け下りることで燈子から見て空から地へと下っていっており、これもまた二人の行動が対を成していることの表現と捉えられます。

 

抑えきれずに溢れ出てしまった侑と、踏み込んで出し切った沙弥香、一見して残酷な対比に見えますが、裏を返せば「侑はまだ出し切っておらず、この先がある」のに対して「沙弥香はもう全てを出し切ってしまった」ことになります。

今後、今回以上に沙弥香が動くことは...もしかすると。

 

また、沙弥香は「燈子の『ぜんぶ』が好き」と言ったのに対して、侑は28話「願い事」での屋上の会話で「『全部』、先輩のものです」と燈子に口にしており、この『ぜんぶ』と『全部』の表記の違いもまた沙弥香と侑の対比を表す要素であると考えられます。

七海燈子が自分の「ぜんぶ」をどう理解し、受け入れるのか。

おそらく、束縛する言葉である「好き」を恐れる燈子が侑の「全部」の言葉によって自己を認識し、沙弥香の「ぜんぶ」の言葉によって束縛ではない本当の「好き」の意味を知ることで、七海燈子が確立した自分へと向かうのがこれからの『やがて君になる』なのではないかと考えています。

その先で燈子は侑への答えを見つけることが出来るのか、侑は好きを手にすることができるのか。

そして、沙弥香の告白に燈子はどう答えるのか。

 

 

また一ヶ月待ち焦がれる日々が始まる...。

心臓が痛い...。

 

 

追伸

 その日、居ても立っても居られなくなって衝動的に告白の場所に赴いたオタク。

 

追伸の追伸

37話、佐伯沙弥香視点というバイアス越しもあってか七海燈子の顔がいつにも増して良く描かれている(気がする)。

マフラーをした七海燈子、マフラーでロングヘアーが隠れるのでところどころショートヘアーに見えてしまう。それはつまり不意に、七海澪ではないあの日の七海燈子が見え隠れしている気がして物凄くドキッとするのだけど、仲谷先生はこれ狙って描いてるのだろうか...。

怖い。あと顔が良い。